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東京地方裁判所 昭和33年(行)76号 判決 1960年10月19日

原告 湯徳水

被告 法務大臣・東京入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 鰍沢健三 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告法務大臣の昭和三三年二月三日付、原告の異議申立に対する理由なしとの裁決及び被告東京入国管理事務所主任審査官が同日なした原告に対する退去強制処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は中華民国人で、現在本邦に在留しているものであるが東京入国管理事務所入国審査官は、昭和三三年一月一七日付で原告に対し旧外国人登録令第一六条第一項一号の退去強制事由にあたると認定した。

原告は右認定に対し適法な口頭審理の請求をしたところ、特別審理官は右認定に誤りがないと判定し、これを原告に通知したので、原告は被告法務大臣に対し異議の申立をしたところ、同年二月三日同被告は右異議の申立を理由がないと裁決し、被告主任審査官は、同日原告に退去強制令書を発付した。

二、しかし右裁決並びに退去強制処分はいずれも違法な行政処分であるから取消さるべきである。

(一)  およそある行政法令の違反について違反者に対し、著しく不利益な行政処分がなされる場合には必ず何らかの客観的な資料によつてその法令違反の事実が認定されることが要請されその限りにおいて処分行政庁の資料選択の自由がき束されるわけである。本件において、被告法務大臣の裁決に供された資料は、原告の司法警察員に対する供述調書、入国警備官作成の違反調書、供述調書、入国審査官作成の審査調書、認定書、口頭審理調書、特別審理官作成の判定書のみであり、要するに原告が不法入国したという点に関しては原告の自供調書以外にはないのであるから右裁決はそれ自体違法である。仮りに自供調書のみによることが違法でないとしてもそもそも原告の司法警察員に対する供述調書は、警視庁公安三課の取調室において、菊地刑事部長が原告を怒鳴りつけ、石井巡査が四寸ほどの厚みのある書類を原告の左頬に投げつけた上原告の坐つている椅子を蹴倒すなど両名の執拗な強制に基き作成されたもので、警察官の右行為はもとより憲法第三八条第一項に違反するから、被告法務大臣が右資料に基き原告の不法入国の事実を認定して原告の異議を排斥した処分は認定資料の選択について裁量権の限界を越えた違法な行政処分といわねばならない。

(二)  仮に原告が本邦に不法入国したとしても、その後法律が改正され新法(出入国管理令)に則つて原告の在留を正当化する手続がなされた以上、入国の時点を把えて旧法に基く退去強制処分を行うことは外国人登録法附則四項の解釈を誤つた違法がある。

(1) 原告は有効な旅券を所持している。

イ 原告は昭和二三年、当時日本占領連合国を構成していた中華民国政府の機関である中華民国駐日代表部から「華僑臨時登記証」(以下臨時登記証という)の交付を受けこれを所持していたところ、昭和二六年一〇月頃同駐日代表部から右の臨時登記証と引換えに「中華民国僑民登記証」(以下僑民登記証という)の交付を受けた。更に昭和三〇年九月二六日中華民国駐横浜総領事は中華民国外交部の名において、右の僑民登記証と引換えに「中華民国護照」(以下護照という)を交付し、原告は現にこれを所持している。

ロ 臨時登記証は中華民国政府行政院が中華民国三五年(昭和二一年)六月二二日公布した「在外台僑国籍処理弁法」に基き発行交付されたものである。すなわち、中華民国政府は戦争終了に伴い在外台僑は昭和二一年一〇月二五日をもつて中華民国の国籍を回復するものと定め、在日台僑については、その旨駐日中華民国代表部より連合国軍総司令部に通知し、これを日本政府に転知して査証せしめることと定め、右の手続上在日台僑を確認するために駐日代表部において、台湾人であるか否か、本邦入国が適法であるかどうかを審査の上華僑登記弁法により登記を行わせ、登記を終つた在日台僑に対して臨時登記証を交付したのである。

ハ そして右により登記された在日台僑については、中華民国代表部よりその旨連合国総司令部に通知し、更にこれを日本国政府に転知して査証せしめたのであるが、「査証」とは、中華民国政府が同国民の在留する外国政府に対してその国籍回復を証明すると同時に入国在留につき保護の要請を求めたのに対し、在留国の政府がその在留を認め保護を与える趣旨であり、連合国総司令部に通知する趣旨は、同国籍処理弁法の公布当時外国人の出入国に関する管理は連合国最高司令部が掌つていた関係上連合国最高司令部の設置後日本に入国した台湾人についても、その入国在留に関し、同司令部に通知してその承認を得、かくして総ての在日台僑につき、その日本入国、在留を適法なものとするという配慮があつたからである。

従つて、臨時登記証は国籍証明の効力を有するとともに、日本国政府が右登記証に表示された台湾人に対し、その在留を認め、且つ在留につき保護を与えなければならない趣旨の効力をも有していたものである。

ニ 僑民登記証は中華民国駐日代表団が「旅日僑民登記弁法」によつて発行、交付したものであつて、その性質は臨時登記証と同一であり、昭和二四年中華人民共和国の成立に伴い、中華民国政府が在日華僑の管理を確実にし併せてこれを保護するために、臨時登記証の登記を全部廃止し、僑民登記証の登記に切換えたにすぎない。

昭和二七年八月僑民登記証が護照に切り換えられた理由は、講和発効により日本国と連合国との対等な国家間の関係が復活したため、在日華僑について、日本政府に対し国籍を証明し保護を依頼するという手続は、通常の国交関係における旅券(護照)によつて行うこととし、中華民国政府は出入国管理令の適用上その在留を適法なものとするため形式上あらたに中華民国より日本に入国する趣旨の旅券(護照)を中華民国政府の名で発行し、僑民登記証と引換えに交付したのである。

ホ 従つて、原告が仮りに入国前に連合国最高司令部の許可を得なかつたとしても、臨時登記証の交付により、日本国政府が原告の日本在留とこれに対する保護とを連合国最高司令部を通じて承認させられたのであるから、原告について旧外国人登録令第一六条第三条を適用することは誤りであり、のみならず国交回復後の護照発行という新事実により原告は外国人登録法附則四項の適用を外され、護照に表示された中華民国政府の明文の意思表示により、形式的にも現行法令上その日本在留が適法となつているのである。

ヘ そして右旅券が原告の日本入国後に発行されたからといつてそれが無効であるとはいえない。右の旅券の有効無効は、日本と中華民国の条約など国際法上の問題であり、日本と中華民国との間で、旅券の実質的審査に関して特段の取極めはないから、裁判所は旅券に明白な形式上のかしがある場合以外は無効となしえないものである。

(2) 原告の本邦入国の違法性は再入国許可処分並びに上陸の証印によつて治癒されたものである。

原告は前記旅券に基いて二回にわたり日本国政府から出入国管理令第二六条による再入国の許可を受けた。右旅券には中華民国政府が原告に対する保護と便益の提供とを日本国政府に依頼する旨の意思が表示せられているから、再入国の許可は、単なる原告個人の再入国許可申請に対する日本国政府の処分ではなく、中華民国政府の日本国政府に対する原告に再入国の便宜を図つてほしいという公式の意思表示を、日本国政府が公式に応諾したものにほかならない。従つてその後に入国の違法性を云々することは、友好関係にある国家間の国際信義を毀損するも甚しく原告の本邦の入国の違法性は前記再入国の許可処分により治癒されたというべきである。

又原告の所持する旅券には、原告の本国政府たる中華民国政府が昭和三〇年一〇月二日出国の承認を与えているから、少くとも一旦帰国した後は原告が本国政府の発行した有効な旅券を所持して本邦に入国し、上陸許可の証印をうけて上陸したものであることを否定できずこの点からも原告の在留は適法である。

(3) 従つて原告は出入国管理令第二四条の退去強制事由に該当しない。

イ 原告の所持する旅券は有効であるから、原告は同条一号にあたらない。

ロ 原告は前記のとおり、日本国政府から、再入国の許可を受け昭和三〇年一〇月八日台湾に向け出国し、台湾から日本に再入国する際同年一一月一〇日羽田において、入国審査官から旅券に上陸許可の証印を受けて日本に上陸したのであるから、同条二号にもあたらない、又原告が同条三号以下の退去事由にあたらないことは明らかである。

(4) 以上述べた如く原告の日本在留は、護照の発行という旧外国人登録令外国人登録法附則四項の経過規定も全く予想しなかつた新事実並びにこれに基く、日本国政府の再入国許可処分及び上陸の証印という事実によつて適法となつたのであるから、もはや旧外国人登録令が適用されることはない。したがつて、形式的に右の経過規定を解釈して旧法により原告に退去強制事由ありとして原告の異議を排斥した被告法務大臣の裁決は外国人登録法附則四項の解釈を誤つた違法な処分である。

三、以上の理由で被告法務大臣の裁決が違法である以上、それに基いてなされた被告主任審査官の退去強制処分も、前者のかしを承継する違法な行政処分である。

第三、請求の原因に対する被告らの答弁及び主張

一、答弁

(1)  原告主張の第二の一の事実は認める。

(2)  第二の二の(一)は争う。

(3)  第二の二の(二)(1)イのうち中華民国駐日代表部が中華民国政府の機関であり、昭和二七年八月講和発効までその名称で存在したこと、原告が臨時登記証僑民登記証の交付を受け所持していたこと、昭和三〇年九月二六日中華民国駐横浜総領事は中華民国外交部の名において、原告に対し旅券(護照)を発行し原告は現にこれを所持していることは認めるがその余の事実は知らない。同ロニの事実は知らない。同ハホヘは争う。

(4)  第二の二の(二)(2)のうち原告が再度にわたり、再入国の許可を受け、本邦に再入国したことは認めるがその余は争う。同(3)(4)は争う。

二、主張

次の理由により被告らの行政処分には何ら違法の点はなく、正当である。

(一)  被告法務大臣のなした裁決について

原告は行政法令の違反について、違反者に対し著しく不利益な行政処分がなされる場合は客観的資料により違反事実が認定されねばならないという。

しかしながら、出入国管理令による退去強制手続においては容疑者の自供以外に補強証拠を必要とする法律上の根拠はないから、たとへ自供調書のみで不法入国の事実が認定されたとしても、右自供が任意性を有するかぎり、行政処分をなす者の単なる主観に基くものでないという点において客観的資料たることを失わず右認定が違法となるものではない。

そして本件の場合原告は単に不法入国の事実のみならず、これが裏付けとなる外国人登録証明書不正入手等の事実を供述しているのであるから、その不法入国の事実が実体的真実に合致していることは明らかである。

(二)  臨時登記証、僑民登記証、護照について、

原告主張の「在外台僑国籍処理弁法」なるものは、中華民国がその国内的処理として一方的に在外台湾人は昭和二一年一〇月二五日をもつて中華民国の国籍を回復すると定めたものにすぎず、国際法的な効力を有するものでないから、右法令の規定に拘らず連合国最高司令官はこれを日本国政府に転知して査照せしめるような措置をとることはなかつたのであり且つ右法令はそれ自体在外台湾人の国籍処理のみを規定しているのであつてもとより台湾人の日本における在留資格の取得とは全然関係のないものである。従つて右法令に基いて発行された臨時登記証、僑民登記証は単に中華民国のみの立場において、在外台湾人が自国の国籍を有することを証明する文書にすぎない、又護照(旅券)も再入国許可申請のため中華民国の在日公館が便宜発行したものに過ぎず、不法入国者といえども、日本駐在の総領事において旅券を発行すれば、適法な在留資格を有するものとなる旨の条約その他の取極めは、日本と中華民国との間になされていないから、右旅券により原告の不法入国を正当化することはありえない。要するに在留資格は、日本がその独自の立場において付与するものであるから、原告の本国法において、どのような定めがなされていようとも、我国がそれに拘束されるいわれはなく、我国への不法入国者の在留を正当化する規定がなんら存しない以上、原告が適法な在留資格を取得することはありえない。

(三)  再入国許可処分について

再入国の許可及び上陸の証印によつても原告の不法入国が正当化される根拠とはなりえない。すなわち、再入国の許可は従来適法な在留資格をもつて本邦に在留する外国人が一時本邦外に出るに当り、在留期間内に再び本邦に帰来することを認容する日本国政府の行政行為であり、右再入国の許可を得て出国した外国人が、再び本邦に入国する場合、その入国を認容する旨の証印が上陸の証印であつて、これらによつて当該外国人は新たに別個の在留資格を得るものではなく、従来有していたままの在留資格及び在留期間をもつて引続き本邦に在留するのであり、再入国許可により再入国した外国人の法律上の地位は引続き本邦に居住していた場合と撰ぶところがないのである。従つて適法な在留資格なしに本邦に在留する原告が右再入国許可処分により在留資格を取得することはありえない。

(四)  そして原告は昭和二三年九月頃、当時施行されていた旧外国人登録令第三条に違反して、連合国最高司令官の承認を受けることなく本邦に不法入国したものであつて、外国人登録法附則四項、旧外国人登録令第一六条第一項一号に該当するものであるから、被告法務大臣がなした原告主張の裁決並びにそれに基き被告主任審査官がなした退去強制令書の発付には何ら違法の点はない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、原告は中華民国人で、現在本邦に在留しているものであるところ、東京入国管理事務所入国審査官が昭和三三年一月一七日原告に対し旧外国人登録令第一六条第一項第一号の退去強制事由にあたると認定したこと、原告はそれに対し口頭審理の請求をしたが、特別審理官は右認定に誤りがないと判定し、これを原告に通知したこと、原告は被告法務大臣に異議の申立をしたところ、同年二月三日被告法務大臣は原告主張の裁決をし、被告主任審査官は同日原告に退去強制令書を発布したことはいずれも当事者間に争いがなく、原告が昭和二三年九月頃旧外国人登録令第三条の規定に違反し連合国最高司令官の承認を受けないで日本国に入国したことは、原告の明らかに争わないところである。

二、そこで被告法務大臣の右裁決が違法であるかどうかにつき判断する。

(一)  原告は、被告法務大臣の裁決は原告の自供調書のみに基きなされており、しかもその自供調書たるや、司法警察員の強制により作られたものであつて、客観的な資料とはいえぬから、右裁決は認定資料の選択につき裁量権の限界を超えた違法な行政処分であると主張する。

外国人登録法附則第四項により旧外国人登録令第一六条第一項の退去強制処分につき同条第二項によつて準用される出入国管理令による退去強制手続は、日本に在る外国人について、右旧外国人登録令第一六条第一項各号に定める事由が存するかどうかを審査し、これに該当すると決定した者を強制的に退去させる手続である。それは、いわゆる行政手続の一種に属し、事柄の性質上、個人の罪責の有無を審査し、刑罰を科する手続である刑事訴訟手続とは異なり後者におけるような厳格な法的規制を要求するものではない。もつとも、退去強制処分は、これを受けた者の日本国内における居住権をはく奪し、場合によつてはその者の生活を根本から覆えす結果をもたらす可能性をもつのみならず、その調査及び審査の手続並びに退去強制処分の執行においても、直接人身の自由を拘束する場合も存するから、通常の行政処分におけるよりもいつそう慎重かつ公正な手続によつて行われることが要請され、従つて、証拠の収集やその評価においても、公正の原則と人権尊重の精神から要求される合理的な法則は当然に尊重すべく、強制拷問による取調や、これにより得た自供を唯一もしくは重要な証拠として違反事実を認定することは、たとえ明文の規定がなくとも許されないと解する余地はあるであろう。しかし、それを超えて、ほんらい刑事手続を対象とする憲法第三八条第三項の規定の趣旨が事柄の性質を異にする退去強制手続についても当然に妥当するとしたり、また出入国管理令自体には容疑者の自白を唯一の証拠とすることを禁止する規定が存しないのにかかわらず、条理上当然かかる禁止が存すると解すべき根拠はどこにもない。本件において、原告の主張する自供調書は、いずれも出入国管理令及び同令において準用される刑事訴訟法の規定に基いて作成されたものであり、しかもそれらの調書にあらわれた原告の自供が取調官憲の強制や拷問に基くものであることについての立証はなんらなされていないのであるから、被告法務大臣がこれらの適法に作成された自供調書のみに基いて原告の違反事実を認め、原告の異議申立を棄却したとしても、これを違法とすべきいわれはない。故に、原告のこの点に関する主張は、理由がない。

(二)  原告は臨時登記証、僑民登記証の交付を受けたから適法な在留資格を取得したと主張する。

中華民国駐日代表部が中華民国政府の機関であり、昭和二七年八月講和発効までその名称で存在したこと、原告が右代表部より臨時登記証、僑民登記証の交付を受け所持していたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第九、第一一の一、第一二の一、第一四、第一五号証に証人劉明電、同黄廷富の各証言並びに本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、中華民国は日本のポツダム宣言受諾にともない台湾は中華民国の領土に復帰し、台湾人は昭和二一年一〇月二五日をもつてすべて当然に中華民国の国籍を回復するという立場から、同年六月二二日「在外台僑国籍処理弁法」を制定したのであるが、従来台湾人は日本の国籍を有していたため終戦前から日本その他台湾以外に居住する者は何らかの手続をとらない限り中華民国の国籍に復したことが識別できず、又中華民国の国籍を有することが表明されれば、連合国の国民の一人としての待遇を得ることができるため、同法は台湾以外に居住する台湾人は、駐外大使館等において華僑登記弁法により直ちに登記を行うべきことを規定したこと、日本においても終戦前から日本に居住する台湾人に対し昭和二一年一一月頃から駐日代表部で登記が行われ、登記を得た台湾人には在外台僑国籍処理弁法に規定するとおり、国籍証明の効力を有する臨時登記証が交付せられ、かつ、その効果として物資(食糧、薪炭)の特配、刑事裁判権の免除、営業許可等に関し他の連合国国民と同一の待遇を与えられるに至つたこと、臨時登記証は昭和二六年僑民登記証に切り換えられたが、その性質には変りがないこと等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は、右登記は当該台湾人の本邦入国が適法か否かを審査の上なされたもので、臨時登記証は国籍証明の効力の外に、日本国政府が右登記証に表示された台湾人に対し、その在留を認め、且つ在留につき保護を与えなければならない趣旨の効力をも有するものであると主張する。原告の右主張は、臨時登記証の交付によつて当然にその者の日本国における在留資格が発生するというのか、右登記と、これに伴う連合国最高司令官への通知及び日本国政府の査照という特別の行為によつて始めて右の資格が発生するというのか必ずしも明瞭でないが、以下においては右二つの主張を含むものとして判断する。

先ず、最初の問題について考えると、臨時登記証は、中華民国の法律である前記在外台僑国籍処理弁法に基いて発行されるものであるが、右弁法は、前記認定の如く、在外台湾人の国籍関係の処理のため公布された中華民国の国内法であり、従つて日本国政府又は占領中外国人の日本国への出入につき管理権を有していた連合国最高司令官との間に特段の取極めがない限り同法に基いて交付せられる臨時登記証がその交付を受けた者につき当然に日本国内に在留しうる資格を与える効果を生ずることはありえないといわなければならない。右処理弁法自身も、臨時登記証が国籍証明の効力を有することと、中華民国の国籍を回復した台湾人につき登記を行つたうえ、各国政府に査照を要請し、又日本国に対しては最高司令官に通知して日本国政府の査照を求めることを規定したにとどまることは、甲第九号証に照らして明らかである。ところで、右登記証の交付を受けた者につき日本在留の資格を認める如き取極めが中華民国と連合国最高司令官ないしは日本国政府との間になされたかどうかをみるに、証人劉明電は、このような取極めがなされたかの如き趣旨の証言をしているが、この証言部分はたやすく措信しがたく、また成立に争いのない甲第一一号証の二によれば、昭和二二年七月二五日内務省から中華民国留日華僑総会会長宛てに、臨時登記証を不法入国者でないということを証明するために提出することは差支えない旨の回答をしていることが認められるが、右は単に外国人登録令による登録証明書をたまたま所持していない場合に登記証を不法入国者でないことの証明手段とすることを認めるという日本国政府の取扱態度を示すにとどまり、これを以て上記取極の存在を認める証拠とはなし難く、その他にかかる取極めの存在を認めるに足る証拠はない。かえつて、前記認定の臨時登記証発行の制度が採用されるに至つた経過と証人劉明電の証言(前記措信しない部分を除く)とを合わせると、右登記証の発行は、がんらい終戦当時における在外台湾人の国籍関係を明らかにすることに主眼があり、特に在日台湾人については、これらの者をして物資の特配、刑事裁判権の免除、営業の許可等に関し他の連合国国民と同一の待遇を受けしめることを事実上最も大きな目的としたものであつて、従つて中華民国駐日代表部が臨時登記証を交付するに当つても、審査の対象はその者が台湾人であるかどうかに向けられ、その者が適法に入国したかどうかはほとんど問題とされなかつたことを認めることができ(証人黄廷富の証言中これに反する部分は措信し難い)、この事実と、もし前記のような取極めが存在したとすれば当然当時の日本の国内関係法令中にその趣旨を窺わしめる規定が設けられたと思われるにかかわらず、このような規定が全く見当らない点とを合わせ考えると、むしろこのような取極めはなかつたと認めるのが相当である。

次に、右臨時登記証に対する連合国最高司令官の承認又は日本国政府の査照によつて原告主張のような在留資格が生ずるかどうかを考えると、前記のように、処理弁法によれば、中華民国の駐日代表部が終戦と同時に中華民国の国籍を回復するに至つた台湾人であるかどうかを確認してその者の登記を行い、他方これを連合国最高司令官に通知して日本国政府に査照せしめることとなつているが、右にいう査照とは、単に日本国政府において登記せられた者が果して台湾人であるかどうかを照合することを指したものにすぎず、通常の旅券に対する査照の如き手続を指したものとは認め難い。仮にそうでなく、旅券に対する査照と同様の手続を意味するものとすれば、そのような査照は、通常個別的になされ、しかも査照のあつた事実を書面上に表示するのが一般であつて、本件の場合についていえば、臨時登記証に査照の事実を表示する等の手続をとるのが当然であると考えられるが、このような手続が行われた事実は本件にあらわれたいかなる証拠によつても認めることができないし、仮にこの場合に限つて個別的査照でなく一般的査照を予想したものとしても、このような一般的査照がなされた事実もこれを認めるに足る証拠がない。

以上、いずれにしても、原告が臨時登記証の交付を受けたことによつて適法に日本国に在留する資格を取得したとする原告の主張は、理由がない。

(三)  次に原告は護照(旅券)の交付を受けたことにより、適法な在留資格を取得したと主張する。

昭和三〇年九月二六日中華民国駐横浜総領事が中華民国外交部の名において、原告に対し旅券(護照)を発行し、原告は現にこれを所持していることは当事者間に争いがない。しかして、臨時登記証、僑民登記証の交付を受けることによつて、なんら在留が適法となるものでないことは前段説示のとおりであるから、仮りに右護照が従来の僑民登記証に代るものとしてこれと引換えに交付せられたとしても、右事実は原告の在留資格の取得とは関係がない。もつとも日本は平和条約の発効により完全な主権を回復し、以後独自の立場で外国人の入国許否を決しうるから、立法措置によつて、不法入国者であつても、入国後駐日公館から旅券の交付を受けることによつてその在留を適法とすることも可能であろう。しかし今日のところ出入国管理令にも、外国人登録法にもかような特別措置がもうけられていないことは明らかである。従つて、原告の所持する護照が有効な旅券であり、右に中華民国政府のなんらかの意思表示が示されているとしても、中華民国の一方的な意思で、原告が在留資格を取得することはありえない。(中華民国人が同国政府の発行した旅券に基いて日本に入国するためには、日本の在外公館による査照が必要であるが、原告の所持する旅券にかかる査照がないことは、成立に争いのない甲第二号証により明らかである。)この場合査証らんに記載された再入国許可は後記の意味を有するに止まりなんら右にいう査証たるの効力を有するものではない。よつて原告の右主張も理由がない。

(四)  次に、原告は、原告の本邦入国の違法性は再入国の許可処分並びに上陸の証印によつて治癒され以後在留資格を取得すると主張するので判断する。

原告が護照に基き二回にわたり、日本国政府から出入国管理令第二六条による再入国の許可を受けたことは当事者間に争いがない。再入国の許可は従来適法な在留資格をもつて、本邦内に在留する外国人が、その在留期間が継続している内に再び本邦に入国する意図をもつて出国しようとするとき、あらかじめその入国を許容する行政処分であり、右入国に際し、入国審査官が、上陸のための条件に適合するか否かを審査し、上陸を許容する旨の証印が上陸の証印である。新規入国する外国人は、日本政府の在外公館の査証を受けた有効な旅券を所持せねばならず、又上陸に際して入国審査官により、在留資格、在留期間が決定されねばならないが、貿易業者のように本邦に活動の本拠をおく外国人が数ケ月内に二、三度出入国をくり返す場合、出国の都度在留資格が無効となり右手続をとらねばならぬことは煩瑣でもあり、不要でもあることから、出入国管理令は、本邦に在留する外国人が、在留期間内に再び本邦に帰来する条件で出国した後再び入国する場合、出国によつて従来の在留資格を無効とせず、入国については査証を免除することとし、但し在留期間内に帰来しなかつたり、又帰来する見込のとぼしい一定の事由のあるときは許可は効力を失うという再入国許可処分の制度を採用したのである。

従つて再入国の許可により再入国した外国人は、さきの在留資格のまま本邦に在留するのであるから、在留資格、在留期間につき新たな審査決定を受けず、在留期間も出国中進行し、更新されない限り、従来の在留期間の残期間に限定されるのである。更に外国人登録法の登録の関係においても、再入国許可を受けた場合の出入国に際しては、さきの登録が効力を持続するという考えで、外国人登録証明書の返納、登録の閉鎖(同法第一二条)、新規登録の申請も不要とされているのである(同法第三条)。かように、再入国許可処分分、上陸の証印により再入国した外国人の法律上の地位は、出国前と全く同一であつて、右処分によりなんら影響されるものではないから、もともと適法な在留資格なしに本邦に在留する外国人が、再入国許可処分により再入国し、上陸の証印を受けても、これによつて新たに在留資格を取得することはありえない。

原告は、再入国の許可は、単なる原告個人の再入国許可申請に対する日本国政府の処分であるにとどまらず、原告の所持する旅券に表示された中華民国政府の日本国政府に対する原告の日本国への再入国及び国内滞在について便宜を計つてほしいという公式の意思表示を日本国政府が公式に応諾したものであつて、これにより再入国をした者を不法入国者としてその退去を強制することは国際信義に反し許されないところであると主張するが、原告の右の議論は、日本国の在外公館が査照した有効な外国の旅券を所持して始めて日本国への入国を求める者の入国を拒んだり、またこのようにして入国した者をその認められた在留期間中になんら正当な理由なく強制的に退去させるような場合には妥当するとしても、(このような処置は、敢えて国際信義違反を云々しないでも、出入国管理令自体に違反する場合である)本件のように、もともと不法に入国した者で、在留資格を有しないものが、たまたま本国政府の発行した日本国政府機関の査照のない旅券を利用して再入国の許可を得て出国し、この許可に基いて再入国したような場合にはあてはまらない。けだし、再入国の許可は、前示のように、その者が日本に在留する資格があることを前提として、その再入国につき簡易便宜の措置を講じたものにすぎず、旅券所持者に対して新たに入国資格を付与するものではなく、また改めてその者の入国及び在留期間中の保護ないし便宜供与についての公式の意思表示を旅券発行国政府に対してなすものでも何でもないからである。従つて、原告の右主張も理由がない。

原告はまた、いつたん帰国したのちは本国政府の発行した有効な旅券を所持して本邦に入国したことになるから、これにより原告の在留は適法となると主張するが、原告の入国は再入国の許可によるもので、有効な旅券に基く新たな入国ではないことは原告自身の主張するところであり、再入国の許可が新たな在留資格を発生せしめるものでないことは前記説示のとおりであるから、原告のこの主張も理由がない。

(五)  次に原告は、出入国管理令第二四条の各退去事由に該当しない旨主張するが、原告の退去強制処分が外国人登録法附則四項、旧外国人登録令第一六条第一項第一号に規定する退去事由に該当するとしてなされたことは当事者間に争いがなく、本件において出入国管理令第二四条の適用の有無は問題とならぬから、右主張は主張自体理由がない。

三、よつて原告の主張はすべて失当であつて、被告法務大臣の裁決にはなんら違法の点はなく、右に基いてなされた被告主任審査官の退去強制令書の発付も亦正当であるから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 中村治朗 時岡泰)

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